千の風にのって

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46年間生きてきたけど、これほど泣いたことはなかった。
人前だったけど、涙もぬぐえず、ただ立ちつくしていた。

心の中に、ぽっかりと大きな穴が開いてしまった。

ライアン鈴鹿ファクトリーから帰宅して、遅くまでメールを
書いたりで、ベッドに入ったのは午前2時を回っていた。

あまり寝付けず、ライアンでの打ち合わせを思い出しつつ
残りのメニューを考えていたら、ふいに電話が鳴った。

時間は深夜2時半をとうに過ぎていたが、その電話の主は
聞き覚えのある、デザイナー井上さんの奥さんだった。
深く、静かに、噛み締めるように言った。

「主人が、亡くなりました・・・。」     ・・・ ? ? ?


にわかには信じられず、まず本当なのかを確かめたくて、
ベッドから飛び起きると、その足で井上家に駆けつけた。

何かの間違いであってほしかったが、残念ながら我々は
その現実を受け入れねばならなくなっていた。

家族水入らずで出掛けた海で、帰らぬ人となったのだ。

明るい男だったので、魂は竜宮城へ行ってしまったのかも
知れないが、身体は冷たくなって、そこにあった。

いつも人の撮影ばっかりで、本人の写真が見つからず、
昔、初めて和田さんと会ったときの、記念撮影の写真を
遺影に使うことが、既に決まっていた。
その写真だけが、棚からヒラヒラ落ちてきたのだと言う。

もの言わぬ井上さんの横で線香の番をしつつ、奥さんに
通夜や葬儀の告知を任されて、えも言われぬ虚無感に
苛まれながら、帰宅した。


我々はまだチームのお披露目もしていないのに。
彼も鈴鹿へ行くのを楽しみにしていたのに。

スーパーGTに参戦することで、また新しいチャンスの扉が
開くことを喜び合って、希望に満ちていたというのに、彼は
一人だけ先にこの世を去ってしまった・・・。


通夜も葬儀も、400名近くの参列者が詰め掛けた。
チームの連中も来てくれたし、昔の仲間も大勢集まった。
自分の意思に関係なく、ただはらはらと涙が流れ続けた。

友人関係の受付をさせて頂いたが、前日まであれほど一日中
鳴り続けた電話もピタッと止まり、(土日だったが)PCも携帯も
誰からもメールの一本すら入らないまま、葬儀を終えていた。
あまりに不自然な気がして、こちらからメールしたりもした。

今考えると不思議な気もするが、とにかく、この二日間自体が
ミステリーゾーンに迷い込んだように過ぎていった。




さぁ、明日から猛烈なレースウィークが始まる。

我々にとっては弔い合戦になってしまったが、ついに迎える
初陣だから、何としても結果を出さねばならない。



気持ちを切り替えようと、オートスポーツWEBを見て仰天した。

井上さんが制作してチームが発表したカラーリングデザインが、
フォトのアクセスでトップにランキングされていたのだ。


彼の残した足跡に、またPCの画面が滲んだ・・・。


オートスポーツWEB 8月13日